平行定規に付属するケース
2011年8月22日
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2011年8月26日
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青木繁展 よみがえる神話と芸術

ブリヂストン美術館で開催されています「没後100年 青木繁展ーよみがえる神話と芸術」に行ってきました。会期は9月4日(日)まで。

100年前の春、福岡の病院で青木繁はひっそりと世を去りました。28歳8カ月でした。短いながらも、貧しさのなかで奔放に生きたその生涯は、鮮やかな伝説に彩られています。1904(明治37)年、 22歳のときに発表した《海の幸》は、明治浪漫主義とよばれる時代の空気の中で、人々の心を力強くとらえました。青木のすぐれた想像力と創造力の結晶だったからです。さらに、青木は《わだつみのいろこの宮》など、古事記や聖書に題材をとった作品群を私たちに残しています。その魅力の源は、時空をこえたかなたに見るものの思いを導くロマンティシズムでした。没後100年を記念して開催する本展は、油彩作品約70点、水彩・素描約170点、資料約60点という、空前の規模でこの画家の全貌をご紹介いたします。

久留米市の石橋美術館へ行けば《海の幸》《わだつみのいろこの宮》は観られるわけですが、なかなか九州まで行くことはできません。これほどまとまった回顧展を生涯観る事はないのでと思います。

セクション割は、彼の短い人生を時系列で進んでいきます。
第1章 画壇への登場ー丹青によって男子たらん 1903年まで
第2章 豊饒の海ー《海の幸》を中心に 1904年
第3章 描かれた神話ー《わだつみのいろこの宮》まで 1904-07年
第4章 九州放浪、そして死 1907-11年
第5章 没後、伝説の形成から今日まで

《海の幸》 やはりいろいろな意味で圧倒されます。どう見ても未完成ですよね。でもあとどこを書き足すのって感じになる超越した完成度。

生真面目に見ると、布良海岸の写実でなく想像の世界だし、両端の部分をほとんど描き込まれていないし、下書きやグリット線は消されず残っているし、そして自分の女を描いているし…。これがもし完成したらとてつもない作品になるのでは想像したりします。一方でこれ以上描き込んだとしたら、この作品が持つ力強さは薄れてしまうだろうとも思います。真ん中の部分がガシッとして周りをボカした感じになっているこの頃合いが実によいのです。お魚のレリーフになっている額縁が実に素晴らしい出来です。

《海の幸》1904年 石橋美術館

《わだつみのいろこの宮》 縦長の画面がとても新鮮です。屏風の一扇を見ているような感じです。実はまったく勘違いをしていたのですが、脚をクネって曲げている山幸彦も女性かと思っていました。こういう中性的なのがありかなと。また座っているかつらの木も天使の羽のように思っていました。

でも実際は山幸彦さんは美少年。豊玉姫が井戸に水を汲みにきたところ(海底なのに足下には井戸)で目と目が合って一目惚れなわけです。なので姫の頬が赤く染まっています。物語性、場面構成などもう確かにラファエル前派ですよね。心ときめく感じがとてもいいですねよ。

《わだつみのいろこの宮》1907年 石橋美術館

その他では《黄泉比良坂》《輪転》《石膏デッサン》《狂女》が良かったかな。《輪転》1903年 石橋美術館

青木繁というと伝説のような人生の数々。「美術界のアレキサンダー大王になる」「黒田清輝の作品は激賞すれど授業はボイコット」「友人の絵具を勝手に使ったり」「自分のほうが上手いからといって人の絵に勝手に加筆する」だのオレ様流のやり放題。肺病になってからも病院を抜け出して酒を飲んだりの無茶ぶり。

それよりもとても勉強家であること。絵画はもちろん、哲学、文学、神話、宗教など関する書籍をかなり読み込んでいた様子です。これも読んだり見たりするだけで簡単に描けちゃうぜというゴーマンぶりなのかもしれません。ちなみにモネもいち早く取り入れて自分に消化するわけです。

青木繁《海景(布良の海)》1904年 ブリヂストン美術館 
クロード・モネ《雨のリベール》1886年 ブリヂストン美術館 
※モネは第一室にコレクション展示されています。見比べてみるのもなかなか興味深いです

今回は以下の雑誌の特集を参考にしました。
芸術新潮 2011年7月号 青木繁 ゴーマン画家の愛と孤独
美術の窓 2011年5月号 今なぜ青木繁なのか

 

もう一度観ておきたい気がしますが、国立新美術館の「ワシントンナショナルギャラリー展」にも行かなくては…。