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芝浦工業大学 近藤裕里さん 卒業制作を振り返って

本年開催の第35回レモン展出品作品の中から芝浦工業大学工学部建築学科 原田真宏研究室 近藤 裕里さん(まちのローカル ー真鶴の特徴を生かしたコミュティ・スクールの提案ー)に制作中の思い出などを振り返っていただきました。なお、レモン画翠ではご協力をいただきまして出品パネルの一部を展示しております。ぜひご覧いただければと思います。(11月11日まで)

ついこの間まで奮闘していたように感じる卒業制作も、早いもので振り返ると提出してから約9ヶ月。今でも多くの方々の支えがあって完成できたこと、日々感謝しております。卒業制作を通して学んだ多くのことは、今の自分の力になっていることは勿論、改めて自分の原点を確かめるきっかけにもなりました。今では忘れられない思い出となっている卒業制作について、振り返って見ました。

きっかけ
4年生になって本格的に卒業制作を考え始める前の3年生の春休みは、フランス・韓国・日本と三カ国で行った合同ワークショップや九州旅行、ヨーロッパ一人旅など多くのことを経験した春休みでした。振り返ってみると、この時期に経験したことの多くが卒業制作につながっているなぁと感じます。その中でも特に、長崎や南イタリアの山岳都市マテーラ、アルベロベッロ、アマルフィなど多くの「坂のまち」を訪れたことは、卒制の敷地で「坂のまち:真鶴」を選んだきっかけにもなりました。どの「坂のまち」も非常に魅力的で観光客として散歩するのには楽しめる反面、少子高齢化や空き家・空き地の増加など、調べてみるとまちは多くの問題を抱えており、これらの「坂のまち」の魅力を生かしたまま、建築に何かできることはないだろうかと考え始めた時期でした。

敷地選定(9月)
卒業制作を本格的に開始したのは院試終わりの9月からでした。その時期、敷地は「坂のまち」ということしか決まっておりませんでしたので、頻繁に調査に行ける圏内を対象に東京・神奈川にある「坂のまち」をひたすら訪ねていました。いくつもの街を調査して一番印象に残った街が真鶴でした。実家の近くにある真鶴は車で何度も訪れたことがありましたが、街の中を歩くのはこれが初めて。南イタリアの坂のまちを彷彿させるような町並みや歩いているとすれ違う人々が挨拶してくれるなど、他のまちでは体験できなかったことがたくさんありました。街の中心の高台に位置するまなづる小学校は住宅街の小さなスケールの中に、大きなスケールの校舎が構えていて、その時から違和感を覚えており、もっと真鶴にふさわしい形の小学校があるのではと考えたのがきっかけで、真鶴に小学校の提案をすることに決めました。

調査期間(9月〜10月)
敷地が決定した9月半ば。この時期は、毎日のように真鶴に足を運び、聞き込み調査やまち歩きを繰り返し行っておりました。地域の皆さんと会話を重ねているうちに、自然とまちの中に昔から根付く生活のゾーニングが見えるようになってきたのです。「虫採りに行く森」や「井戸端会議の生け垣」「おやつの木いちごへの裏道」「小学校への近道」などまちには特徴的な場所がたくさんありました。さらにまなづる小学校と地域の関係は深く、授業の一環として魚屋さんから魚の裁き方を教わったり、地域住民と読書会を行うなど、まちの至る所に子どもたちの学ぶ場が広がっていたのです。それらの場所を分析して、小学校の機能と結びつけながら少しずつまちの中での小学校の配置を決定していきました。

設計期間(10月〜12月)
配置のゾーニングが徐々に決まってきてから、少しずつ設計に取り組んで行きました。個々の場所の特徴を最大限に生かせるような設計というのを最優先として、調査を元に配置を決めていきました。また、地域住民が抱えていた問題「長い階段がつらい」や「坂の途中に休憩所が欲しい」「空き家や空き地をどうにかしたい」なども設計のキーワードとして取り組んで行きました。

この時期、調査を元に決定していた配置計画は割とすんなりと進んで行ったものの、特に悩んだのは建築の形態の決め方でした。建築はまちに対して異質であるべきかそれともまちに溶込んだ存在であるべきか。原田先生を始め、先輩方や同期など多くの方々に話を聞いてもらい試行錯誤しました。最終的に真鶴にあるべきものは地域性を最大限に生かした建築がふさわしいと考え、既存の地形や斜面の形状を利用して設計を進めて行きました。

またこの時期は日々スタディを繰り返し、ディプロマのことばかり考えておりましたので、行き詰まり現実逃避したくなることもよくありました。そんな時は無理して机に向かうのではなく、外に出てお昼寝をしたり、同期や後輩達と一緒に美味しいものを食べたり、映画を見たりとリフレッシュをして、ディプロマ漬けの生活を楽しむよう工夫していました。

制作期間(12月〜1月いっぱい)
全体の設計は12月で終わらせ、後輩と一緒に模型を作り始めるといのが当初掲げていた目標でしたが、自分が不甲斐ないばかりに、なかなか終わらせることが出来ず。提出ぎりぎりまで模型と設計、平行して作業を進めて行くことになってしまいました。すべてコンタ模型でしたので、後輩達への負担も材料費も大きくなってしまいましたが、レモン画翠さんで購入した航空合板や段ボール、後輩が集めてくれた小枝などを使用したことで、自分の作り上げたかった世界を表現することができ、満足のいく仕上がりになりました。頼れない先輩の無茶苦茶な指示を受け入れてくれた後輩達には感謝してもしきれません。提出の1ヶ月前は迷っている暇もなく、ひたすら自分を信じて突き進むのみという姿勢で取り組んでおりました。また先輩方から最終的な完成度を意識しながら進めて行くようアドバイスを受け、仲間達と切瑳琢磨しながら最後まで気を抜くことなく突き進めていきました。

おわりに
卒業制作に終わりはなく、むしろ提出後に気付かされることがたくさんあります。自分の原点となる卒業制作、これから少しずつ生涯をかけて改善していきたいです。この度卒業制作を振り返るという貴重な機会を与えてくれたレモン画翠様をはじめ、様々な場所で発表及び講評の機会を与えて下さった皆様、また私の卒業制作を支えて下さった原田先生・偉大な先輩方・製図室の仲間達・支えてくれた後輩達に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。