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慶應義塾大学 瀬川明日奈さん 卒業制作を振り返って

第36回レモン展出品作品の中から慶應義塾大学環境情報学部 瀬川明日奈さんに「まちのとい」制作中の思い出などを振り返っていただきました。

■自由な卒業制作
私の所属していた大学では建築学科という括りは存在せず、多様な専門の中から各々が自分にあった領域を取り入れ、自分の専門を自分でカスタマイズしていくという方式をとっていました。授業の分野の幅も広く、キャンパス内の学生はそれぞれが多様な考え方を持っていたため、物事を見る時に常に視野を広く保てたのではないかと思っています。

私は建築と都市デザインを専門とする研究室に所属する一方で、情報メディアを専門とする研究室に所属していた時期もありました。それ故、空間を思考する素晴らしさを知ったはいいが、この情報社会において建築業界の閉じこもった雰囲気にはいつからか違和感を抱くようになりました。建築は誰しもが生活を営む空間であるのにも関わらず、建築の理論となると万人はおろか、業界外の人には理解されない、あるいは理解などされたくないきらいがあるのではないかと感じていました。

■日々の違和感
建築は誰のものか、と考えた時に、私は常に誰のものでもないが、誰しもに開かれていると考えています。また建築を評価する時に、建築を学ぶ者が至高とする一定の基準がある一方で、その基準を大きく外れた空間が建築を学んだことがない人が評価すれば、それはある程度の価値を有するのではないかと思っています。情報化によって価値基準が多様化した現代において、何を一番と捉えるか。それは人々がそれぞれ決定すればいいのではないかという結論に至りました。

■春学期の授業
本格的に卒業制作に取り組み始めたのは9月頃ですが、その前の春学期の授業で、異種の建築の遺伝子を交配させて新たな建築を創造するという課題に取り組みました。そこで自宅の周辺に溢れているハウスメーカーの住宅の型に雑誌「住宅特集」から採集した建築家的ファサードをパーツ化し、着せ替え人形の様に着飾れば平凡で多量生産的なハウスメーカーの住宅も「住宅特集」に掲載されても違和感ない住宅が作れるのではないかと仮定し、試行しました。採取されたパーツはネット上にアップされ、カテゴリ毎にデータベース化されます。住宅を着せ替え人形する利用者は自分の好みのパーツを選択することができます。ここにおける建築家の役割というのは、個々の住宅を設計することではなく、建築家が設計したような住宅のパーツを提供することに変化します。なぜこの発想に至ったのかというと、私は建築家がよく、ハウスメーカーの均一化された空間・外装によって街並は汚され、似たような住宅街が日本中に広がることを危惧している、という旨の主張をしているのを耳にします。しかし私にとって、例えば住宅特集を開いてざっと見た時に、いくつかの作品間で共通した素材や似たような開口の配置、ボリュームの配置があるように感じました。つまりそれはどちらも同じ穴の狢なのではないか、と考えるようになり、このような提案になりました。

■都市レベルへの昇華
春学期の授業を経て、卒業制作ではこの考えをもっと洗練させた作品にしたいなと思い、また大学院からは都市デザインを専門とする研究室に所属するということもあって、都市レベルで適用できないかと思いました。そこで、住宅特集で建築家の住宅のパーツを採集したように、魅力的な都市や住宅地(と世間的に評価されている)のまちなみのパーツを採集しようと思いました。しかし、まちなみとまでになると住宅ほどパーツに分けるのが、容易ではなく、結果的に苦し紛れな分類になり、それ以上の解決策を見つけられないまま。完成させてしまいました。

■表現方法
上記のようなことを悶々と考えていたのはいいのですが、卒業制作における最適な表現方法が分からなくなるという壁に当たりました。私の技術が及ぶ範囲で、何が作れるのだろうかと分からないまま時は過ぎ、気づけば12月になっていました。悩みながら、先生とのエスキスを重ねながら、結論としてネット上のシステムと連携し、3D地図データさえあれば誰でも作成可能な玩具という体で、形にしていくことにしました。

■敷地選定
この提案は本来なら敷地はどこでもありうる、という体なのですが、形にするにあたって見本として一カ所選定しなければならなかったので、あえて自分の住んでいる家の周辺を例として取り上げることにしました。なぜ選んだのかというと、私は今家族とともに典型的な郊外住宅地に住んでいるのですが、郊外住宅地に一様に言えることは、個々で詳細に見るとなんらかの特徴はあるかもしれませんが、そこには大学の専門家が介入したくなるほど魅力的な文脈は存在しないし、ディベロッパーが再開発したいと思えるほど土地に価値がありません。このままだと、郊外住宅地はただ老いていく一方で、更新しようとしても手を差し伸べる人はいないかもしれません。また全国に広がる郊外住宅地を行政がその更新を行えるほどの時間と財がないと思います。

そうした前提の中で、私はこの玩具を使って、せめて人々が自分たちのまちを更新するイメージを自分たちで自主的に行える機会があってもいいのではないかと思い、その必要性が高そうな郊外住宅地をひとつの見本として選びました。ここで前述したような建築は誰のものか?という問いと同じように、都市は誰のものか?という問いを立てて自答していたのだと思います。

■プレゼンテーション
卒業制作発表会の審査員は大学の教授を含め、設計課題でゲストクリティークとしてお越しいただいている方々でしたが、ほとんどが建築家でした。私の提案は一見、どこかの住宅街の外装を変えた模型に見えるため、提案した敷地の建物が私の設計ではなく、システムを含めた玩具そのものが提案であることを強調することが必須でした。しかしやはり例年の作品とあまりに違うので、充分に理解していただけるような満足の行く発表をすることができませんでした。また玩具の説明に力を入れるあまり、ネット上のシステムや玩具のファブリケーションについての説明が稀薄になってしまい、全体像を伝えることが適ったプレゼンテーションとは言えませんでした。


■おわりに
私は最後まで自分で何か建物を設計するという、本来の建築的なアプローチを一切取らないまま、卒業制作を終えました。途中で何度も「このようなことをして卒業制作として成り立つのか、評価してもらえるか」と自問自答していましたが、その都度「これが今創造したくて、表現したいことだ」と自分を説得しながら進めてきました。どのように評価されるかとても緊張しながら制作しましたが、最終的に1月下旬に行われた学内の卒業制作発表会において、賛否両論の評価をいただき、正直ほっとしました。中にはこの提案の理解ができない、と根本的に否定された先生やOBの方もいらっしゃいましたが、賛成の意見ばかり集める案よりも否定的な見方をする方もいらっしゃることが分かり、個人的には嬉しかったです。作業時の孤独や批判されることへの畏怖など、小心者の私にはとても苦しい時間の多い卒業制作でしたが、指導して下さった先生方や手伝ってくれた友達・先輩方・後輩たち、何よりもいつも見守ってくれた家族がいたから乗り越えることができたのだと思います。また、このような機会を与えて下さったレモン画翠のスタッフの方々にも、この場を借りて感謝したいと思います。この作品に関わっていただいたみなさま、本当にありがとうございました。

瀬川 明日奈 (東京大学大学院工学部都市工学研究科)